on the road

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思うこと。

土曜はずっと家に引きこもっていて、15時からの宮迫と亮の謝罪会見をリアルタイムで見ていた。やるせない気持ちになった。

 

会見を見るまでは、宮迫のズルさみたいなものを感じてしまって、擁護できない、と感じた。入江の紹介で反社会的勢力のパーティに参加し、保身のためにギャラを受け取ってないと説明し、騒動が収まるまで会見をしない、というスタンスに見えたからだ。しかし、会見の場ではっきりと保身のために嘘をついた、と宮迫は謝罪し、亮は、自分の弱い部分のせいで嘘をついてしまったことを謝罪した。6月8日には嘘をついたことは認めていて、世間に公表したい、と持ちかけたのを吉本興業側に「静観でいきましょう」と止められていたらしい。二人のやったことは、悪いことであることは変わらないが、とても誠実さの伝わる会見だった。

 

震災の時などを想定してもらうと、イメージがしやすいと思うけれど、危機が発生した時に企業がまず第一に守るものは従業員であるべきだし、事実関係を整理せずに初動対応を行ってしまったことが問題。それに吉本興業側が会社の都合のみで対応を進めてしまったことも問題だと思う。トカゲのしっぽ切りそのものだけど、芸人との契約解除を行ったからといって、反社会的勢力との付き合いを撲滅することには全くならない。

 

会見を見て、泣きそうになってしまったのは、亮の言葉だ。

 

詐欺被害に遭われた方々、その親族の方々、その友人の方々、不快な気持ちにさせてしまい、嫌な気持ちにさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。僕の弱い部分のせいで、人としてダメな部分のせいで虚偽の説明をしてしまい、その行動、言動によって不快な気持ち、不信感を抱かせてしまった方々、嫌な気持ちになってしまった方々、全ての方々、本当に申し訳ございませんでした。

 

けど、僕に言わせれば、本当にファミリーだとするならば、僕は子どもだと思っています。子どもが正しいこと、本当に悪いことを謝ろうとしているのを止めるのが親ではないと思います。それをやられて不信感が、不信感しかなくなってしまいました。止める理由が僕の中ではなく、背中を押してほしい、どういう風にしたら僕らがちゃんと謝れるかを手伝ってほしかっただけです。

 

亮は年齢で言えば十分大人な存在だ。けれど、この弱さ、罪悪感全開のコメントを振り絞りながら話す姿に考えさせられるものがあった。しかし、abema TVのコメントはどうにかならないだろうか。こういう会見を消費するかのような態度は何も事態を進展させないし、議論が深まらないと思う。

 

村上春樹エルサレム賞受賞時のスピーチにこんな言葉がある。

 

これは私がフィクションを書く間、ずっと心に留めていることです。紙に書いて壁に貼るとか、そういったことではなく、私の心の奥に刻み付けていることがあるのです。それはこういうことです。

「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」

 

 子供の頃は、単純な理想論として心に響いたのだけれど、ここ最近のニュースを見ると、また違った響きがある。

 

トイストーリー4」でも、同じようなことを感じた。アンディの特別だったウッディがボニーにとっては特別な存在ではないし、むしろ遊んでくれない(役に立っていない)姿が描かれる。今までのトイストーリーファンにしたら、とても残酷なストーリーだ。けれど、子供に遊ばれることだけがおもちゃの存在価値ではない、という強いメッセージを感じた。遊ばれないおもちゃは捨てられるべきなのだろうか。みんなに遊ばれるおもちゃが一番存在価値があるのだろうか。

そんなことはなくて、遊ばれないおもちゃにも存在する価値があるんだと思う。ゴミから作られたフォーキーにすら価値があるのだし。

 


「トイ・ストーリー4」日本版予告

 

「天気の子」は、公開初日に観に行った。映画館に行く前は少し雨が降っていたのだけれど、映画館を出た後は、晴れ間が広がっていて、感動を強くした。最高に面白かったし、2019年に上映される意味のある映画だと感じた。


映画『天気の子』予報②

 

 

ストーリーに無理があるという声もあるが、僕的には「君の名は」よりキャラクターアークがしっかりしていると思うし、メッセージ的にも「天気の子」を支持したい。

雨が降りつづく、という異常気象が日常化した世界であったとしても、出会ってしまったこの女の子を愛していたい、という生き方。主人公たちの取る行動は全く正しくない。大人の側の主張の方がずっと正しい。けれど、主人公たちの生き方の強さとか、普通は結局誰かが決めたものでしょ?みたいな吹っ切れ方が心地よくて、これを観た人はちょっと強くなれるのではないか、と思ったりする。

 

京アニの放火の件。亡くなられた方にご冥福をお祈りするとともに、ご遺族や友人の方々に哀悼の意を捧げたい。

7月17日にcreepy nutsのANNで涼宮ハルヒエンドレスエイトというぶっ飛んだ回があるという話を聞いた。まだ涼宮ハルヒを見たことがない僕は、Netflixで1話から順番に見返していた。楽しみが増えた、と思っていた矢先の放火事件だ。当初はあまりの被害の大きさに理解が追いつかなかった。放火の動機も「ぱくりやがって」という犯人のよく分からない言動しか情報がないし。しかし、今日になって泣けてきた。色々な人が京アニを愛していると改めて感じたこと、遺族の祖父の方が「代われるものなら代わってあげたい」と声を震わせながら話していたこと、「たまこラブストーリー」、「聲の形」、「リズと青い鳥」と少ないながらも京アニの作品を鑑賞して、感動したこと、そのほか色々な嫌なニュースのことを聞いて、泣いてしまったのだ。

 

この悲しみから立ち直るにはどうすべきか、わからない。けれど、犯人を責めたり、アニメ文化自体の否定にならないといいなと思う。僕の好きな映画「スリービルボード」でレッドが自分を窓から突き落とした張本人、ディクソンにオレンジジュースが飲みやすいようにストローを差し出したように、怒りの連鎖を断ち切りたい。怒りは怒りをきたすので。

 

家族と選挙に行った。去年あたりからおかしいんじゃないか、と思うニュースが増えてきたように感じるのは、自分が新聞を読んだり大人になって政治に敏感になったからなのかは分からない。けれど、今のままじゃ良くないという空気感がきっと若い人たちでも感じていると思う。特にポップカルチャー好きには。TBSラジオsession22を社会人1年目の頃より聞くようになった。今回の選挙はなるべく色々情報を見たり聞いたりして、より良くなると思う方へ投票した。だけど、今回の投票率、選挙の結果を見ても危機感を持つ人は少ないのだなと思い知らされた。政治のことだけでなく、とにかく自分のできる範囲で少しずつ良くしていくしかないので、今の仕事をきっちりやり遂げたいと思うし、ちゃんと意見を発信していかないといけないのかな、と感じた。

 

 

そんなことを思った土日でした。