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カルチャーに関する話。

劉慈欣『三体』読んだ!

この土日を費やして読んだ本について、備忘のため書き残しておきたい。日本では昨年7月に刊行された劉慈欣「三体」のことだ。

 

三体

三体

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: ハードカバー
 

 

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。

数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に召集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?

 

『三体』は三部作の一作目であり、まだ物語は始まったばかりである。作中に登場するVRゲーム『三体』で三つの太陽の運動の記述の仕方をめぐる論議もべらぼうに面白いし、葉文潔が働く紅岸基地での研究の記述もリアリティがある。おそらく三部作の中心人物であろう汪淼の相棒的存在の史強も魅力的だ。科学的知識に裏打ちされた骨太な物語の枠組みの中で魅力的な登場人物たちが奔走する。多くの読者がワクワクが止まらないこと間違いなしだろう。

 

半年以上前に刊行された本作について、既に多くのことが語られたのだろうが、個人的に気になったことを書いていきたい。続く『三体Ⅱ 暗黒森林』の刊行を待ち望むファンの戯れと捉えていただいても構わない。

 

まず色について。冒頭、1967年の中国の文化大革命での激しい集会が描かれる。世界史専攻ではない僕は文化大革命について全く明るくないが、社会主義あるいは共産主義の運動なのだろうと思う。そういった運動の常なのか赤い旗が振られる。運動に参加した若者が銃で撃たれ、血を流す。冒頭やけに「赤」が描写されるように感じた。そんな中で行われた集会。糾弾される対象は物理学者の葉哲泰。葉哲泰の周りを囲むのは、中学生から大学生までの若者で、緑の軍服を着ている。安直ではあるが、「葉」や緑の軍服が今まで描かれた赤の中で際立って見える。赤と緑が補色の関係にあるから際立って見えるのは当たり前だが、その分思想の対立すら描いているように見えるのは深読みだろうか。さらに深読みを続けて、汪淼を「青」と捉えてしまおう。色相環を見れば分かるように緑と青は非常に近い位置にある。今後の物語で、汪淼と葉哲泰の娘である葉文潔は協力するのだろうか。しかし、葉文潔は紅岸基地で長年働いていたことや、人類への裏切りとも取れる行為のこと、最後に描かれた夕日を眺めるシーンを読むと、葉文潔を象徴する色を「緑」と読み取ることは難しい。この深読みは、破綻しているに等しいといっても過言ではない。

 

こういった仮説の破綻を射撃手や農場主と例えて、作中に登場していた。

 

射撃手仮説とはこうだ。あるずば抜けた腕を持つ射撃手が、的に十センチ感覚でひとつずつ穴を空ける。この的の表面には二次元生物が住んでいる。二次元生物が住んでいる。二次元生物のある科学者が、みずからの科学者が、みずからの宇宙を観察した結果、ひとつの法則を発見する。すなわち、”宇宙は十センチごとにかならず穴が空いている”。射撃手の一時的な気まぐれを彼らは宇宙の不変の法則だと考えたわけだ。

他方、農場主仮説は、ホラーっぽい色合いだ。ある農場に七面鳥の群れがいて、農場主は毎朝十一時に七面鳥に給餌する。七面鳥のある科学者が、この現象を一年近く観察しつづけたところ、一度の例外も見つからなかった。そこで七面鳥の科学者は、宇宙の法則を発見したと確信する。すなわち、”この宇宙では、毎朝、午前十一時に、食べものが出現する”。科学者はクリスマスの朝、この法則を七面鳥の世界に発表したが、その日の午前十一時、食べものは現れず、農場主がすべての七面鳥を捕まえて殺してしまった。

 

この二つのたとえは、『三体』の中で割と重要であると思う。つまり今まで信じられた科学が通用しないこと。それによる絶望が描かれる。基礎科学を研究してきた科学者の絶望、VRゲーム『三体』で解明しようとしてきた三つの太陽の運動が記述し切れないとわかった時の絶望。科学とは直接関係ないが、人類への絶望も描かれる。

 

来て! この世界の征服に手を貸してあげる。わたしたちの文明は、もう自分で自分の問題を解決できない。だから、あなたたちの力に介入してもらう必要がある。

 

メッセージを受け取った三体人は、明確な意図を持って、地球を征服しにくる。地球がこれ以上発展しないように加速器の実験結果を妨害し、人類の叡智の結晶たる科学を破壊しながら。地球人は虫けら扱いだ。この途方もない絶望へ立ち向かおうとする部分の記述が僕は大好きだ。未読の人に真っさらな気持ちで読んで欲しいから引用はしないけれど。

 

スターウォーズローグワンのラストで描かれた一縷の希望が『三体』の最後にもあるような気がして、胸が熱くなる。この小説で描かれた多くは、悲観的世界だけれど、描きたいのはそんな世界に抗う希望なのだろう。