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石立太一『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』

どれだけこの日を待ちわびたことだろうか。この1年間はつらい気持ちになっていたとき、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を見て乗り越えていた僕としては、この『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を映画館で観たらそりゃ泣いてしまうだろうなあ、と思っていたら案の定号泣だった。1回観ただけ感想がうまくまとめられる自信がなかったので、2回観て何に心打たれたのか掴めた気がするので、書いていこうと思う。ネタバレしてしまうと思うので、まだ映画を観ていない人は読まないでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


本作は、暗がりの中、轍の残った道をカメラがゆっくりと進みながら映すショットで始まる。時計の針の音も鳴っている。

 

そのあと、TVシリーズ第10話で登場した、アンの孫のデイジーが親と喧嘩しているシーンへと移る。(10話見すぎて、家の外観だけでアンの家だ!って思ってしまった)床が軋む音、時計の秒針が進む描写が一瞬挟まれたりしていることで勘の良い人は気付くんだろう。TVシリーズから時間が経過していることを。もう自動手記人形という職業が廃れている時代になっているから、デイジーへ自動手記人形の説明をすることもとても自然で、脚本の巧みさに唸らされる。

 

TVシリーズで登場した数多くのキャラクターのうち、第10話のアンの家族が選ばれたのは、このエピソードが人気があるからとか、泣かせてやろうとかそういう理由ではないと僕は考える。TVシリーズ第10話でアンの母は死んだ後も長い時間をかけて手紙を送り続け、アンに対して最大限の愛を伝えていた。第10話は他のエピソードに比べて"時間"という要素が大きかった。ガス灯は電気に、手紙は電話に変わっていった時代でなお変わらないもの、そういうものを描くにはアンの家族を作中に登場させるのが良いに決まってる。

 

京アニは無駄な描写が一切ないから、冒頭を見るだけで、この映画のテーマが分かってしまう。「変わりゆく時代の中で変わらないもの」。そう意識してみると絶えず変化し続けるものとして水や風が本作では多く描かれていることに気付く。終盤の月明かりに照らされた海の美しさはもう絶品。京アニの底力はほんとにすごい。

 

TVシリーズや外伝でよく使われていた小道具であるぬいぐるみが今回ほとんど出なかったなあと思った。「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」におけるぬいぐるみは、誰かに対する想いを反映している。ヴァイオレットの部屋に置いてある犬のぬいぐるみは少佐を待つヴァイオレットの想いを、アンが持っているぬいぐるみはなかなか一緒に遊ぶ時間が取れない母への寂しさを、テイラーが持っている熊のぬいぐるみははなればなれになってしまったエイミーへの想いが込められている。ぬいぐるみが使われなかったのは、それだけヴァイオレットが成長したからなのか、それとも今回は誰かを想うことより想いを伝えることに焦点を当てていたからなのだろうか。

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細かい部分への指摘を先に書いてしまって申し訳ないけれど、あと気になるのは、鳥の描写。鳥の描写はぬいぐるみよりも多く登場してきていて、本作でもバッチリ描かれていた。絶対登場人物たちの心情を表現しているんだろうけど、どう解釈するのが良いのかあまり噛み砕けずにいる。今後の人生でも見続けていくアニメだと思うので、引き続き考えていきたい。

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そろそろストーリーについて触れていこうと思う。
まずユリスの物語について。ユリスは病気でこの1年間で3回も手術している。もうやせ細っている彼は死期を悟り、両親と弟に手紙を送ろうとヴァイオレットへ代筆の依頼をする。CMでヴァイオレットが「伝えられることは伝えられるうちに伝えた方が良いと思います」って言ってたからてっきり手紙を書くんじゃなく直接伝える方向に物語が進んでいくのかなと思っていたがそうはならなかった。


ただ目的はあくまで自分が死んだ後、両親や弟を元気付けてあげたい、という気持ちだから手紙じゃないとダメ、というのもわかる。ユリスとヴァイオレットがゆびきりげんまんをするシーンもとても良かった。(この映画は、"手"が結構印象的に使われている。過去の回想でヴァイオレットがはぐれないようにギルベルトと手をつなぐシーンとか。)

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ギルベルトについて。TVシリーズでは、聖人の如く描かれていた彼の人間臭い部分がたくさん描かれていてとてもグッときた。ヴァイオレットが戦争でたくさんの人を殺めたことを"火傷"をしていたと表現していたが、ギルベルトもまた"火傷"をしていたのだ。彼は、ヴァイオレットのことを道具ではないと言いながらも戦争へ駆り出して人を殺めさせていたし、最後の決戦ではヴァイオレットの両手を失わせてしまった。そんな罪の意識を感じているのだ。ヴァイオレットが家の前でギルベルトを呼びかけているとき、ギルベルトは扉に背を向けて火にかけた鍋を見つめていた。このシーンでギルベルトも"火傷"していることを暗に示しているのだと感じた(考えすぎか?)。ギルベルトとヴァイオレットが罪の意識で苦しんでいる姿と『聲の形』の将也と硝子を重ねてしまった。多少意識してるんだろうな。

 

ギルベルトの"火傷"を癒すきっかけにもなったヴァイオレットの手紙には、ギルベルトへの感謝がたくさん綴られている。ヴァイオレットが前に進めるきっかけにもなった第9話でホッジンズが言っていた「してきたことは消せない、でも君が自動手記人形としてやってきたこともまた消せないんだよ」のセリフを思い出さずにはいられなかった。ギルベルトはヴァイオレットに対して、ひどいことをしてきたと思っているけれど、優しくしてあげたことが決して消えていないし、ヴァイオレットの生きるみちしるべになっているっていうのが最高。(アレンジされた茅原実里の「みちしるべ」がかかるのも最高)彼らの火傷を癒すかのような美しい海も最高。

 

この大団円で終わるんじゃなくて、デイジーが親に「あいしてる」を伝える手紙を書くところまで描くのがほんと素敵。時代が変わっても誰かを愛する気持ちというのは変わらないんだ、ってことを自然と理解してしまう。

 

冒頭の轍の道をヴァイオレットが歩くシーンがほんとのラストシーン。観る人によってさまざまな解釈をするんだろうけれど、僕はヴァイオレットがみんなの「あいしてる」を紡ぎ続けることやこれからも伝えこれからも誰かの思いを伝え続けるんだという京アニの覚悟と受け取った。

 

動員数もかなり多いと思うけれど、もっともっと色んな人に観てもらって、心打たれて欲しいです。以上!