on the road

音楽・映画・小説・漫画・お笑い・ラジオの話。

同じ話を何回も


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自分は、残業をしたくない方だと思う。仕事が山積みになると、夢の世界でも仕事してしまったり、体調をすぐ崩すので、効率第一で考えてる。どの仕事もネットを見ればシステム入れてゴリゴリ管理しているけれど、お金も人も時間もリソースは限られている。PDCAをしっかり回すべき仕事と必要最低限だけやってれば良い仕事があって、その線引きをはっきり引いたりするとなんとかなると最近気づいた。ルーチンの仕事をいくらやっても残業に頼った仕事の進め方をすると、今より仕事が増えたときに対応しきれないじゃんという気持ちもあるから、残業する時は緊急対応する時とかよっぽど忙しい時だけするようにしている。

 

で、最近がまさに残業をしなきゃいけない時期なのである。職域接種なる言葉が6月頭くらいからニュースで出てきた。うちの会社でもやるなら産業医だけで回せるだろうか、インフルエンザの予防接種をお願いしている業者に頼むことはできるだろうか、というところから話が始まった。コロナの対策本部の事務局の一員としてこれは今からゴリゴリ準備する必要がありそうだ、と覚悟を決めて、残業をして、情報収集と職域接種をするために検討すべき事項を整理した。

 

コロナの対策本部の事務局は4人いて、そのうち2人は部長と課長だが、職域接種のことを担当しているのは部長と僕だけである。ここ数日、部長は株主総会準備と課長のミスによって発生した重大な問題の対応で余裕がなかったので、職域接種の大部分を自分1人で段取らないといけなくなったのである。だから、友達に職域接種の話が会社で出てたりしてるか唐突に聞いたりした。

 

6/7に職域接種の総合窓口が首相官邸のHP上に開設され、夜中に職域接種の概要が掲載されて、6/8の14:00から職域接種の申請受付開始。初日から申請できた企業は事前にある程度の情報が耳に入っていたに違いないと思う。会場も予約システムも医療リソースの確保もそんなすぐにはできない。

 

6/8に部長と経営者への報告を行なって、今週中に希望者の人数を把握して、申請しちゃおうという無茶振りを受け、今週は色々な部署に交渉して段取って、何とか職域接種の申請までこぎつけた。他部署への交渉は90%くらいたいして偉くもない僕が行なっている。協力してくれたのは、職域接種をやりたいからだろうか、それともこの1年の自分の働きぶりを見てくれていたからだろうか。職域接種の参考にしたいから、と市の集団接種会場を見せて欲しいとお願いして見せてもらったりもした。職域接種の準備をするにあたって、グループの中で一番業績の良い会社の代表取締役から直接電話が来て、初めて話したりした。名前も覚えてもらったっぽい。コロナ禍で間違いなく自分の名前がグループのいろんな人に知ってもらったような気がする。

 

以前グループ会社の取締役だった人(今は定年再雇用されている。仮にAさんとする)からも電話が来た。職域接種をうちのグループでもやれるなんて嬉しいよ、みたいな話だった。対象に従業員の家族、協力業者も入れて実施するのは、従業員満足度も業者の満足度もかなり上がると思う、という意見も色々な人から言ってもらった。今までコロナ対応で感謝されることがなかったので、頑張って準備してよかったという気持ちになる。まだ準備が終わっていないことが山積みだけど。

 

Aさんから何回も同じ内容の電話が来る。嬉しいけれど、前も聞きましたよとは言いづらい。電話で話しているうちにラジオで聞いたことを思い出した。あれは、「問わず語りの神田伯山」がまだ、「問わず語りの松之丞」の頃のエピソードだったはず。具体的にどの回かを思い出したいけれど思い出せない。神田伯山は基本毒づくイメージだけれど、年配者と話すときに昔の話を何回もする人がいるけれど、年配者は今だけを生きているわけじゃない、昔のその人とも会話しているんだ、的な話をしていた。もしかしたら全然間違って記憶しているかもしれないけれど、その考えに感動したのは覚えている。「大豆田とわ子と三人の元夫」でもそういった価値観が7話あたりでオダギリジョーが言っていて、感動したな。

 

まだ20代だけれど、友だちと少しずつ「老い」について話すようになった。疲れが取れなくなった、脂っこいものが食べれなくなった、夜更かしできなくなった、とか……。保坂和志の本で老いた身体に痛みが常にどこかしらにあって、静かに死ぬことは難しい的な話が書いてあった。デスクワークをしてると肩や腰が痛くなるようにその人の生き様が傷や痛みとして表出されるのだろうか。

 

「三体Ⅲ」で、長い時間情報を保存できるのは、石に文字を掘ることだと書いてあった。情報とは傷のことである、ということだとこの文章から飛躍してみる。老いた身体には長年蓄積された情報=傷があって、痛みが生じる。痛みは過去の痕跡であり、痛みが常にあるということは過去が今も存在し続けているということで、だから昔話をよくしてしまうのかもしれない。

 

 

今日で150/365らしい


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Homecomingsがメジャーデビューしたよ、おめでとう。めっちゃ良いアルバムなので、聞いてください。

 

★★★

 

GW後は、土日に仕事をすることが減って、身体が休まってきた感がある。サウナに週2で行っていることも影響しているかもしれない。

 

飲食の場は、コロナの感染リスクが高いらしいけれど、銭湯とかサウナでクラスターが発生した、というのは聞いたことがない。(実際にはあるのかもしれない)マスクもしてないし、裸だしで感染しそうなものだが、会話をしなかったり、ウイルスの付いたものに触れてもすぐに洗い流されるからなのだろうか。この時期にサウナに行く人は自分たちの娯楽を失うのをひどく恐れているから、マナーを守っている人が圧倒的多数を占めている。友だちとご飯には行かないのに、ひとりでサウナにはめちゃくちゃ行っているのは、多少の矛盾が生じている感が否めないが、自分なりにひとりでサウナはセーフということにしている。

 

最近は、草加健康センターにハマっている。自宅から車で15分くらいの距離なので、通いやすいし、クオリティの高さに病みつきになってしまったのだ。僕は、サウナ歴5年目なのだが、サウナにハマり出した当初は、草加健康センターの良さにあまり気づけなかった。サウナは熱すぎて息もできないくらいで、サウナマットを敷いてもお尻がとんでもなく熱い。大体どのサウナ施設でも上段に座るのだけれど、草加健康センターは、中段でも十分汗をかける。水風呂は15℃台かつバイブラで撹拌されて、羽衣を纏う隙を与えさせない。初心者にとってややハードな体験となってしまい、それから4年近く行くことはなかった。

 

それから、色々なサウナに行くようになって、少しずつ経験値を積み、熱いサウナでも入れるようになった。むしろサウナは90℃〜100℃、水風呂は16℃くらいじゃないと気持ち良いと感じなくなりつつある。サウナのことを知りたくて、サウナ・スパ健康アドバイザーの資格を取ったりもした。

 

コロナで都内に行くのをなんとなく控えていたこの頃、サウナイキタイという食べログのサウナバージョンみたいなレビューサイトで草加健康センターのレビュー数が異常に多く、じゃあ久しぶりに足を運んでみるか、ということで車で行ったら、サウナも水風呂も全部最高!

 

当時はサウナが熱い、水風呂が冷たいくらいしか感じていなかったが、久々に行ったら、最短距離で水風呂に入って、外気浴できる動線の素晴らしさに感動した。細かく言ったら、サウナ室の湿度の高さ、水風呂のバイブラ、外気浴スペースの上に屋根が付いていて雨が降っても濡れないとかもお気に入りポイント。

 

あと、薬湯も草津の湯もレベルが高いので、サウナ→水風呂→外気浴の1セットの合間にじっくり入っている。草加健康センターに入った日は硫黄の臭いが身体に染み付いていて、朝起きたら、シャワーを浴びた方が良いです。

 

最近は、健康に気を遣おうという意識が強くなってきているので、歯医者にも行くようにした。歯石を取ってもらおうと思って軽い気持ちで行ったら、とんでもなく汚れていたようで、めちゃくちゃ掃除してもらった。出来かけの虫歯も治療してもらった。親知らずが横に生えてるから、抜いた方が良いと言われた。もうどんどんやってやろうじゃないかと、6月に予約した。

 

健康診断で右目の視力が落ちていると言われたので、メガネを買いに行った。社会人2年目の頃、気の迷いで買ったトムフォードは鼻あてがなくて、滑り落ちるのがずっと気に食わなかった。けれど、メガネを買えるモチベーションがイマイチなかったので、ようやくその機会を得られて、ちょっと嬉しい。おしゃれ人間ではなく、どちらかというとダサダサ人間ではあるが、メガネを新調するのは少しテンションが上がる。汚れがつきにくい加工をしてもらうので、1週間後に取りに行くことになっている。楽しみだ。

 

新卒からずっと同じ会社に勤めているのだが、5年働くと勤続旅行に行く権利を獲得することができる。このために会社を辞めなかったと言っても過言ではない。勤続旅行はいくつかのホテルが指定されてはいるものの、ホテルによっては同行者の分も負担してもらえる。コロナがいつ落ち着くのか分からないけれど、どう使ってやろうか。ホテルのリストとにらめっこしている。

 

勤続旅行の権利とは別に優秀社員賞の副賞で旅行券をゲットした。この2年くらい旅行券をゲットしたいというモチベーションで仕事をしていたので、素直に嬉しい。旅行券の金額は15万円分で結構大きい。友だちとの旅行に使いたいと思っているが、どうなるだろう。友だちと旅行するような状況でなければ、ひとりで贅沢旅行をしてみようか。

 

緊急事態宣言が延長になって、特定の業界にまた負担が発生してしまうのは心苦しい。けれど、会社でコロナ対応をしている身からすると、科学的に立案された政策でなくても感染者数が減って、重傷者が減っていくなら……、という気持ちが強い。両親がどちらとも65歳以上なので、ワクチンの接種券が随分前に届いていて、なかなか予約できていなかったのだが、今週ようやく予約できた。65歳未満がワクチンを打つのは当分先なのだろうが、両親がワクチンを打てる日程が決まり、ようやくワクチンという存在を身近に感じた。

 

最近は、買い物へ出かけたり、友だちとご飯を食べることを気の緩みと表現してしまうことに強く違和感を覚えるようになっていた。気を付けなければいけない時期ではあるし、僕自身も友だちとご飯に行くのは避けているけれど、友だちとご飯を食べたりすることは文化的な生活を送るために必要な行為であって、それを気の緩みと表現してしまうのって怖くないですか。はやくワクチンが普及して、何も気にせず飲み会に行けるような生活が戻ることを心から祈っている。

GW初日

GW初日。本当は4/29から休みたかったのだけれど、コロナ対応で毎日経営者にレポートを提出しなきゃならないので、4/ 30に有休が取れなかった。

 

コロナ禍で迎える二回目のGW。去年は何をしていたんだっけ。GW中に二回休日出勤をしたのは覚えている。今より感染者が少なかったけれど、コロナ対応でてんやわんやしていたので、出勤せざるを得なかった。仕事以外ではラジオを聞いたり、長風呂したり、 今の生活とそう大して変わらなかった。

 

今年はもう少しコロナが収まっているかと思って、フェスのチケットを取ってしまっていたが、東京で1,000人を超える感染者が出ていて、緊急事態宣言が出ていない神奈川県、千葉県、埼玉県で も不要不急の外出は控えてくれ、というメッセージが再三出ているので、フェスに行くのはあきらめた。去年、一度だけ演劇を見に行ったけれど、クラスターを発生させないよう細心の注意を払っている様を見ていたし、 フェスに行くことが感染リスクの高い行動とは思わないし、コロナ禍でもイベントが出来るのだという成功事例を作ってほしいと願っている方だ。ただ仕事でコロナ対応を担当している身で、気軽に行 けないし、実家暮らしである自分が菌を持って帰ってきて、高齢者である両親に感染させるようなことは避けたかったため、苦渋の決断をするにいたったのである。友達の誘いを何度も断ってしまっていて、気にしすぎだろと思われているかもしれないなあ、 と思いつつ、もう少しだけ自粛します。

 

今年のGWは久しぶりに本を読むことにした。最近ではすっかり本を読む時間が減ってしまっているから。ここ1ヶ月くらい、 仕事で同僚の文章を添削したり、先人が適当に作った規程やらマニュアルを怒濤のように改訂しているからか、ちゃんとした本が読みたい!という気持ちが強くなったというのも理由の一つかもしれない。

 

いきなり小説を読む自信はなかったので、『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』を読んだ。

 

 

 

規程やマニュアルを整備してばかりの日々だったので、NETFLIXがどういう企業文化で仕事をしていて、何でルールが必要ないのかということがとても興味があった。クリエイティブな業界だからこそルールを撤廃して意思決定の速度を上げないといけないというのが根底にあるようだ。優秀な人材を集め、会社が求める成果を出せなかった場合、十分な退職金を払って辞めてもらう。かなり尖ったことをしているが、いきなり辞めさせるわけではない。NETFLIXの企業文化として、日常的に社員同士でフィードバックを行っていて、「会議でのあなたの振るまいは良くなかった。反対意見が出たときに全く聞く耳を持たなかった」みたいなことをはっきり相手に伝える(単に相手を傷つける意味しか持たないフィードバックはNETFLIX内のガイドラインでダメ とされている)。辞めることになるときも、いきなりではなくフィードバックの中で言及され、成長の機会が与えられる。このフィードバックの仕組みは日本ではなかなかなじまない性質のものかもしれないが、本音で自分のためを思ってフィードバックしてくれるのはなかなかありがたいと思う。この本でかなり刺激になった。単純な僕は、NETFLIXに転職してみたいとすら思った。読み終わった後、すぐに採用ページを開いたりした。

 

本音を話すのは難しい。僕はここをいじられたら、大分傷つくという時は何も話さないモードになる。適当に話を合わせるために嘘をつくこともたまにある。コロンビア大学ビジネススクール経営学教授、マイケル・スレピアンによると、 我々には平均13個の秘密があり、そのうち5つは誰にも打ち明け たことがないものだ、と本の中で言及されていたが、 そんだけしか秘密ないの?と少し驚いたりする。

 

13、という数字でNETFLIXのオリジナルドラマ『13の理由』を思い出す。

 

 

s2の途中までしか見れていないけれど、もう最終シーズンまで配信されていた。たしかs2が配信されたタイミングだったか、creepy nutsぼくのりりっくのぼうよみ、カネコアヤノがコラボして 、曲を作っていた。久しぶりに聞いてみる。カネコアヤノの曲が一番s1全体が醸し出している甘酸っぱさとやりきれなさが表現できているように思う。カネコアヤノが好きすぎて無意識にひいきしているのかもしれない。

 

これは昨日の夜の話だけれど、文春オンラインで旭川市で起こった凄惨ないじめの記事を読んだ。色んな人が義憤にかられて、加害者を特定してやろうと躍起になる気持ちも分からなくない。ただただ やるせない気持ちが支配する。改めて『13の理由』を見返したくなったGW初日でした。(ネガティブな感情が後半強くなってしまったかもしれませんが、マッサージに行って疲れを取ったので、元気モリモリです)

次の壁


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記憶力がない方なので、こうやってブログを書いて年末に読み返さないとその時々で考えたこと、面白いと思ったことを忘れてしまう。今年はあまりブログを更新していないこともあり、すでに色々忘れかけている。今年は何をしたのだろう。

 

去年も今年も1月はやたらに忙しかった。去年は、固定資産の管理システムを新規導入して、その運用開始が間近に迫って、他部署からプレッシャーをかけられまくったのを覚えている。担当者が自分しかいなくて納期ギリギリになってしまったのは、上司のマネジメント力不足と他責にしてみる。今年は年始にコロナの感染が拡大して、従業員やその家族が濃厚接触者になりました、という報告をずっと受け続け、あなたは休んでくださいとか、いついつからの行動履歴を教えてくださいとか、そういう指示をし続けていた。1日の仕事の内、90%はコロナ対応をしていて、こんなに飲み会に行かないでください、とか、不要不急の外出は控えてくださいって言ってるのに飲み会しちゃうんだ、という怒りを覚えながらもその感情を相手にぶつけないように努めていた。こういう時に怒りをぶつけてしまうのは、コロナいじめを助長してしまうし、全然今後の対策につながらないからだ。

 

とは言うものの、ストレス発散の場もほとんどないから、そういう吐き出せない怒りは徐々に積もっていく。正直に言ってしまえば、SNSで友達が飲みに行っていたり、ご飯を食べに行ったりしていることを見るのにすらほんの少しのストレスを感じてしまっていた。だから、一時期は情報を遮断しまくっていた。

 

 

社会人になってからの数年、他人の靴を履いて物事を考えるということを考えてきたつもりだ。その過程で、無意識に発したこの言葉は相手を傷つけてしまうものだったのか、と自分の加害性を自覚することもあった。そういうことを繰り返していくと、他人の無自覚な振る舞いが許せなくなるのかもしれない。人権意識が進んでいくときにぶつかる次の壁は、これだと思う。

 

この壁をどう乗り越えればいいのか。わからないけれど、「シン・エヴァ」の主題歌 宇多田ヒカル「One Last Kiss」の一節が頭を掠める。


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誰かを求めることはすなわち傷つくことだった

 

直接的にはつながっていないけれど、根っこの部分ではつながっているような気がしている。星野源が紅白で歌った「うちで踊ろう」の一節も思い出す。

 

生きて踊ろう 僕らずっと独りだと 諦め進もう

 


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自分に余裕がなければ、距離を取るべきなんだと思う。皆さん病む前に情報を遮断して暮らしていきましょう。

 

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今年はドラマをたくさん見たいなと正月に思った。日本の少年漫画もそういう節はあると思うけれど、日本のドラマは、1話を放送している時点では最終話の脚本が完成していないことがある。視聴者の反応を見て、ストーリーラインを変えることがあるらしい。大学の頃は、完璧に設計された作品に惹かれたけれど、生き物みたいに作品が変わり続けていくというのは面白い。複数の人の手が入ってもっと面白いものが作られていく、というのは全然クリエイティブな仕事をしていない僕でも社会人生活を送っていて素朴に真実だと感じる。

 

話が逸れていくけれど、小説はもっと複数人の手が入っていいんじゃないかと思う。作者と編集者だけでなく、セリフを監修する人、情景描写を担当する人とかね。

 

「花束みたいな恋をした」を見て、坂元裕二作品をもっと知ろうと思い、「Mother」と「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」を見た。当時見ていなかったのが悔やまれる。「Mother」芦田愛菜が当時6歳くらいなんだけれど、1話目でちゃんと演技している!とびっくりした。第10話のラストの電話のシーンが最高です。「いつ恋」はものすごい好きで、「最高の離婚」と同じくらい好きだ。高良健吾の良い人感と、高良健吾を引っ越し屋さんとよぶ有村架純のキュートさでもう十分すぎるんだけれど、貧しいながらも懸命に生きて、優しさを振りまくのが愛おしくて愛おしくてたまりません。ちなみに4/13から再放送をします。ぜひ見てください。

 

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今年はあまり映画を見に行けてなくて、「花束みたいな恋をした」の他には、「シン・エヴァ」、「まともじゃないのは君も一緒」の2作品を見たくらいだ。

 


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エヴァは今までちゃんと触れてきたことがなかった。漫画で途中まで読んだことがあるくらいだった。「シン・エヴァ」の評判がよかったので、それならちゃんとエヴァを見てみようじゃないかということで、TVシリーズから旧劇場版、新劇場版を見た。TVシリーズの演出の凝り具合に驚いた。絵柄は90年台だけれど、構図や演出は今でも全然通用するレベルだと思う。漫画を多少読んでいたとはいえ、ほぼ初見だったので、内容はほとんど理解できなかった。長い年月をかけて、解釈していくべきアニメだと思った。旧劇場版「Airまごころを君に」、いわゆる夏エヴァの後味の悪さたるやものすごい。確かにこれは伝説的アニメ作品になるわ、と感心すると同時に中学生とか高校生の頃に見ていなくて良かったと思った。これを見ていたら影響を受け過ぎてしまっただろう。

 

「シン・エヴァ」はストーリーに集中しまくっていたから、演出とか構図とかをあまり意識しなかった。プロフェッショナルを見た後で、それはもったいなかったとちょっと後悔する。カメラの動かし方とかにものすごいこだわっていて、そういう部分にもっと注目すべきだった。それでも、第三村のいくつかのシーンの構図は何これ、見たことないと感じた。とにかくちゃんとエヴァが終わったんだ、というのがエヴァ歴3週間くらいの僕でも感動を覚えたので、昔からエヴァを追っている人はもっと感動したのだろう。

 

「まともじゃないのは君も一緒」は、成田凌と清原伽耶という好きな俳優が出ているのと、Enjoy Music Clubの松本さんが勧めていたから見に行った。予備校講師と生徒の恋愛に関する映画なんだけれど、この映画は立ち位置にこだわっている。最初机を隔てて、成田凌と清原伽耶は相対するのだけれど、そのうち成田凌と清原伽耶は並んで歩くようになる。並んで歩いて話をしているうちに清原伽耶成田凌のことを意識するようになっていく過程が面白い。途中のエピソードで同級生がなんで付き合うようになったかのエピソードからも窺える。成田凌が清原伽耶の両肩を掴んで、君しかいないんだ、とお願い事をするシーンで清原伽耶の目の演技に注目してほしい。動揺を表現するとき、声をうわずらせたり、挙動不審に振る舞うというのがありきたりだし、演技がかりすぎてつまらないんだけれど、清原伽耶はそれを目の演技だけで表現しているので、注目するべし。とにかくこの映画は並んで歩きながらなんてことない話をしているのがとても愛おしい。コロナ禍だからこそ、余計になんてことない日常が愛おしく思えるのかもしれない。

 

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テレ東の深夜ドラマ「生きるとか死ぬとか父親とか」見ましたか?まだ途中までしか見ていないんだけれど、冒頭のラジオのシーン、グッときましたね。演出の方法も良かったね。カット割をこまめにしてラジオブースとリスナーを交互に見せて、ラジオならではのつながりを表現しつつ、カット割が細かくて相談内容が頭に入ってきづらいのをちゃんと字幕でカヴァーしているところも好感。ラジオリスナーって大抵何か作業しながら1人で聞いているんだけれど、パーソナリティを通じて、独りじゃないんだと気づいて、それが救いになったりするんだよなあ、なんて思う。1話の監督が山戸結希なんだけれど、まあまあの山戸監督節で笑ってしまった。

 

4月から「空気階段の踊り場」が月曜に移動して30分枠から1時間枠に拡大した。「空気階段の踊り場」の良さっていくつもあるけれど、リスナーとの電話がものすごい面白い。今まで深夜ラジオをいくつか聞いてきたけれど、リスナーをいじって、スベってる様を裏笑いする、というのが多い。空気階段の場合は、一緒に楽しんでいる感があって、聞いていて楽しい。TBSラジオクラウドで無料でほとんど全部のエピソードが聞けるので、ぜひ聞いてほしい。

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そういえば言い忘れていましたが、昇格しました。お給料がどんだけ上がるのかよくわかっていませんが。コロナ明けたら飲み会に行きたいし、サウナ旅したいです。

うしろシティ 星のギガボディ

皆さんは、TBSラジオで毎週水曜日24時に放送しているうしろシティ星のギガボディ」を聞いたことはありますか?僕は、初回からずっと聞いている。(デブッタンテ時代は聞いてない)

 

その番組が今日最終回を迎えて、寂しい気持ちになっている。深夜ラジオに馴染みのない方もいるだろうから、簡単に芸人の深夜ラジオについて説明すると、芸人の深夜ラジオは大体ニッポン放送(25:00〜27:00のANNか27:00〜29:00のANN0)かTBSラジオ(25:00〜27:00のJUNKか24:00〜25:00の24時台3兄弟)がメジャーどころである。僕が大学生の頃(2010年代前半)は、ニッポン放送は比較的すぐにパーソナリティが入れ替わっていて、TBSラジオは同じ人を長く起用していた。ところが近年ニッポン放送はパーソナリティの入れ替わりが少なくなってきていて、逆にTBSラジオは番組改編が増えてきた。

 

今回、番組改編の魔の手の対象になったのが「うしろシティ星のギガボディ」である。星のギガボディは24時台3兄弟の枠なのだが、他の「アルコ&ピースD.Cガレージ」や「ハライチのターン」と比べると、知名度がやや低い。

 

初回の放送の時、うしろシティのことはあまり知らなくて、キングオブコントに出ていたよなあ、くらいの知識で聞いていて、声の聞き分けすらできなかったのを覚えている。基本録音であるこの番組は、スペシャルウィークだけ生放送だった。前週に金子さんがリスナーは靴を履いておくようにと意味深に言った後、生放送中にTBSラジオに来ちゃいなよ!と、深夜ラジオ特有の悪ノリをするのも好きだった。スペシャルウィークの企画の面白さが24時台3兄弟、いや他の深夜ラジオの中でも一個頭が抜けていたと思う。一番好きな生放送の企画は23区ダムです。

 

生放送がなくなって以降もヘヴィメタ編み物選手権で金子さんが優勝したりなどリスナー的胸熱展開もある一方で、良くも悪くもゆるく聞けるのがこのラジオの魅力だった。ばちばちにボケたり、突っ込んだりするラジオも好きだけれど、自分が忙しかったり疲れてたりしていても聞いていられるこの番組が好きだった。

 

個人的好きな回は、2019.9.19の回。うしろシティは若手の頃、女性人気があるいわゆるわーきゃー芸人だったが、わーきゃー芸人としての葛藤を冗談まじりに語っていたのが、めちゃくちゃアツくて好きだった。

 

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後任番組がなんなのかいまだに発表されなくて、ソワソワする。今はどんな最終回を迎えるのかが悲しくもあり、楽しみでもある。いつもはタイムフリーで聞いているけれど、今日はリアタイするぞ〜。

伝わらない。

当時父はまだ歴史の教師ではなかったけれど、こなれていない言葉でなんとか僕に語ろうとしたのはまさに、〈歴史〉、だったのだ。

ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』 

 

ブログの更新が2ヶ月分くらいサボってしまった。途中まで書いて、なんか違うなと思って、書くのをやめた記事がいくつかあって、そういう形に残らなかった思考の残滓をたまに読むと面白い。

 

下書きや公開している記事を読むと、僕はコロナ禍以降、伝えることに問題意識を持っているのだと感じる。明快な正解のない物事に対して、自分の考えをどう伝えるべきかというのを色々なレベルで悩んでいる。僕を知っている人はわかると思うが、僕は圧倒的口下手だ。言葉がスラスラ出てくるタイプではない。だからこそ余計にどういう言葉を使って、伝えるべきかを意識してしまっているのだと思う。

 

昨日は休みだったので、美術館に行った。国立新美術館でやっている佐藤可士和展。正直佐藤可士和についての知識は、ユニクロのロゴをデザインした人くらいの知識しかなかったが、暇だったので衝動的に見に行った。

 

kashiwasato2020.com

 

説明されなければ、ロゴに込められたメッセージなんて5%も読み取れないと思うけれど、企業の理念を整理して、わかりやすくイメージ化するというのはできそうでできないよなあ、と写真を撮る。印象に残ったのは、三井物産ブランディングについての展示。いちばん説明がたくさん書かれていて、意図するところが読み取りやすかった。三井物産の強みやバリューを文章ではなく、名詞化して表現することで、発信力を高めるのだそうだ。文学では名詞化の方向ではなく動詞や形容詞を多用して、こぼれ落ちてしまったものを拾い上げることを志向している、と僕は思っているのだが、そういう方向とは真逆だなと感じる。僕はシンプルさも好きなので、名詞化してしまうことに対して、明確に否定することができない。無駄を削ぎ落としていくこと、無駄になってしまったものを拾い上げること、そのバランスを自分の中でうまく取れているだろうか。

 

『花束みたいな恋をした』で有村架純演じる絹ちゃんから漫画が途中で止まっちゃってるなら読めばいいじゃんと言われて、菅田将暉演じる麦くんが「頭に入らないんだよ」と語気を荒らげるシーンを見て、今の自分と同じではないか、とギョッとしたのを思い出す。

 

佐藤可士和展を1時間くらいで見終えて、昼に近くでつけ麺を食べて、すぐに帰るのもなんだかな、と思って、近くでやっていた「トランスレーションズ展ー『わかり会えなさ』をわかり合おう」を見に行く。

 

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ポリグロット(他国語話者)が複数の言語を混ぜて話す場面や、唖者が首を動かしてモールス信号を発信し、それを機械で言葉に翻訳してコミュニケーションする様子、聴覚障がい者が音を感じるために振動で音を表現したデバイス…。コミュニケーションにまつわる諸々が展示されていた。普通にめちゃくちゃ面白いので、六本木で遊ばれる方は見に行くべし。僕が好きだったのは、植物が呼吸する際に開閉する気孔をAIが読唇術を使って、言語化する展示。

 

この展示では、翻訳しても翻訳しきれない部分を味わってほしい、という意図も込められている。自分の言語体系、知識体系では理解できない何かの存在を感じること。

 

伝わらないからいいやと匙を投げてしまうことが多いのだが、もう少し言葉を尽くして伝えてみたり、わかろうとしてみようと考えた休日でした。

2020-2021 ずっと家にいた年末年始

仕事がアホほどたまっているけれど、休める時に休もうということで、有休を駆使して、12月26日から1月5日まで休みを取ることにした。一回だけ都内に出かけてしまったが、それ以外はずっと家にいた。サウナに行きたいと思ったけれど、人が多そうだし、自粛した。人と会わないと、こうも退屈なのか。

 

都内に出かけたのは、有馬記念の日で、有馬記念自体は負けてしまったのだけれど、断捨離で得た金がなくなっただけで、ボーナスはまだ使っていない。友達の友達が食事の場でマスクせずに大声で会話していて、この時期に無神経すぎやしないか、と嫌な気持ちになる。隣の席の知らない夫婦が令和の令の字に傘があるから、元号が変わってから嫌なことばかり起きるのだ、と繰り返し僕らに向かって訴えていた。

 

12月30日にオンラインで忘年会をした。思ったより人が集まって嬉しかった。普段酒を飲まないのに、ビールとレモンサワーをガブガブ飲んでしまって、終盤つぶれる。後半マイクをちょこちょこミュートして、トイレに吐きに行った。20代後半にもなっていまだに酒の飲み方が下手なのは情けない。

 

12月31日、7時前に目が覚めるが、若干二日酔い。マガポケというアプリでサッカー漫画『DAYS』が245話無料だったので、読みまくる。二度寝して昼に起きる。2020年に見たり読んだりしたものを振り返るためにはてなブログでだらだら振り返りをした。来年はもう少し心の余裕を持って、映画やらドラマを見たり、小説を読みたいと思ったりする。

 

 

ブログは誰かに読んでほしくて書いているのだけれど、実際に読んだよ、とか、何書くの?とか言われるとびっくりする。特にアクセス数のことはブログとかTwitterで触れたことはないが、最近アクセス数がちょっと伸びてきているのが嬉しい。できれば反応も欲しいところだけれど、それは望みすぎだろうか。もう少し投稿頻度を上げられるようにしたい。

 

年末の過ごし方は特に決まっていないが、だらだらブログを書くのに思いのほか時間がかかってしまって、今年は紅白歌合戦をちょこっと見るくらいで終わってしまった。いつもの過剰なエンタメ感がなかったので、ストレスなく見れた。紅白歌合戦で見たかったのは、YOASOBIと星野源くらいで、その2組はちゃんと見た。YOASOBIは若干緊張が伝わったけれど、歌唱力は抜群だった。星野源は「うちで踊ろう」だった。紅白初披露の2番がどんなものなのか、とても気になっていたけれど、案の定喰らってしまった。

 

2番の始まりは、こうだ。

 

常に嘲り合うよな 僕ら
”それが人”でも うんざりださよなら
変わろう一緒に


コロナ禍で感じていたものは、ウイルスへの恐怖というより、こうも簡単に疑心暗鬼になって、主張の違う人を叩いてしまう人の弱さだったので、ここに触れるのか、星野源は、さすが〜!って救われた気持ちになった。

 

瞳閉じよう 耳を塞ごう
それに飽きたら 君と話そう
今何してる? 僕はひとりこの曲を歌っているよ


サビの部分で周りの煩わしい声から距離を取ろうぜっていう歌詞で、周りの無理解で苦しんでいる人たちを救えたんじゃないかとすら思った。

 

愛が足りない
こんな馬鹿な世界になっても
まだ動く まだ生きている
あなたの胸のうちで踊ろう ひとり踊ろう
変わらぬ鼓動 弾ませろよ
生きて踊ろう 僕らずっと独りだと
諦め進もう

 

誰かと繋がったり、同じ気持ちにならなくてもひとりで生きて踊ろうぜ(楽しもうぜ)って紅白歌合戦で歌ってくれてありがとう、ありがとう。それだけで最高の大晦日を過ごせた気分になれました。年越しの瞬間はTBSラジオを聞いていた。ハライチ岩井と松本穂香のやり取りに少しドキドキしてしまうのは僕だけでしょうか。

 

1月1日、『DAYS』を読んだり、友達にあけおめLINEを送る。毎年抱負を考えるんだけれど、今年の抱負がいまいち決まらない。やりたいことがたくさんあるからで、どれをいちばんやりたいのか自分の中ではっきりわかっていない。とりあえず腹筋を割りたいので、筋トレは継続しようと思う。

 

1月2日、マンガワンで『正直不動産』を少し読んで、面白えと思ったので、全巻買う。僕は不動産営業ではないものの、不動産業界にいる+宅建を取ったので、わかるわ〜、の連続だった。会社の後輩にオススメしようと思う。

 

 

夜は逃げ恥の新春スペシャルだった。逃げ恥にラブコメを求めていた人は、微妙な印象を抱いたんだろうが、もともと逃げ恥って社会問題を扱いまくるドラマだったよなあ、と思いながら見る。逃げ恥が放送されていた当時は、社会人1年目だったので、あまり意識していなかったことなんだけれど、平匡さんとみくりさんが住んでいる家、めっちゃ良いなあとか、こんな暮らしするためにはいくら稼げば良いんだ、みたいなことが頭の片隅を支配する。冷静な気持ちで見れなかったので、もう少し時間を空けて見たいと思う。


1月3日。本来ならば1月4日に仕事が始まるのだけれど、有休を取っているから、全く憂鬱な気持ちにならない。僕と同じコロナ関連の仕事をしている先輩がスムーズに仕事ができるようにお膳立てをしておく。休みの日に数時間仕事をしてしまっているので、残業代もったいないなという気持ちになる。だが、先輩は異動してきて6ヶ月くらいでまだ仕事に慣れていないので、なるべくフォローせねば、と自己犠牲の精神を働かせてしまう。仕事人間はこうして出来上がっていくのかもしれない。

 

1月4日、Twitterで『花束みたいな恋をした』のシナリオブックが発売されたことを知り、買いに行く。いちばん近い本屋に売っていなくて、寒い中、チャリを漕いで本屋をハシゴする。帰って速攻で読む。まだ映画が公開していないから物語に言及するのは避けるが、僕が20代前半で触れてきた音楽や小説、漫画がたくさん登場してきて、うわっ、自分たちの話じゃんと思ってしまった。ロロのファン界隈にはすごい響くんじゃなかろうか。これを映像で見たら、泣いてしまうこと間違いなしだ、という物語だし、監督は土井裕泰(みんな大好きなドラマ『カルテット』の監督)なので、期待大。予告の時点で傑作の雰囲気ビンビンだし、試写の評判良いので、今月末が楽しみだあ。

 

花束みたいな恋をした

花束みたいな恋をした

  • 作者:坂元 裕二
  • 発売日: 2021/01/04
  • メディア: 単行本
 

 



1月5日、緊急事態宣言が出そうだから、仕事をちょっとだけこなしてからパラビで『MIU404』を全話一気見する。野木亜紀子作品は安定して面白いから、安心して見られる。『アンナチュラル』の方が好きだけれど、アクションシーンもあるし、キャストも豪華なので、物語を追う楽しさは『MIU404』かもしれない。最終話のドラッグの幻想の演出、好きだなあ。全話、それくらい好き勝手やってくれても良いんだけれどなあ。『MIU404』も『アンナチュラル』もきっとシーズン2やるだろうから楽しみ。明日からの仕事頑張るぞ〜。