on the road

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【習作】ミート・キュート

 どっかの誰かが未来の自分とばったり出くわしたらしい。未来のそいつは何本かのテレビに出演した後、消息を絶った。未来のそいつの消息について陰謀論者がネット上で喚いていたが、世間はそんなことに興味を示さず、タイムマシンの存在に色めきだっていた。未来から過去に来ることが可能ってことがわかっただけで、未来がどんな社会なのか何も明らかになっていない。たいしたことじゃない、と俺は思っていたが、科学は急速に発展し、数年後にはタイムマシンの試験運用が早ければ二〇年以内に開始する。未来人と出くわしたことでこの世界は時間的閉曲線へ移行してしまったのではないか。時間にまつわる謎を明らかにするべく世界中の学者が議論を重ねている。俺たちの生活もどこか変わっていった。タイムマシンができたら金は価値をなくすのではないか、とまことしやかにささやかれ、若い世代を中心に、享楽的に生活する人が増えてきている。ラブ&ピースを無邪気に信じていた一九六〇年代の再来と感じるじいさん、ばあさんも多いようだ。

 
 隣人の拙いアコギの音を聞きながら、ベランダの鉢植えに水をやる。細く伸びた茎の先から放射状に紫の花が咲いている。去年までは室外機しかないようなこのベランダに花がちょこんと咲いているだけでだいぶ印象が違う。姉から無理やり押し付けられて渋々育て始めたのだが、地道に水をやり続けていざ花が咲くとなると達成感がある。夕飯でも作るかと身体を伸ばして、気合を入れたが、隣人の拙いアコギの音はいつの間にか鳴り止み、喘ぎ声が聞こえてきた。恋人が家にいるのに、下手なアコギの練習をしていたのかという疑問とこの数分で性行為に及ぶ展開の早さに苛立つ。
 夕飯を作る気分ではなくなったので、朝返し忘れたブルーレイを返しに行く。レンタルショップで働いている梶本は俺の幼馴染で、怠け者だから俺とこうして雑談をする。
 「時田、またこれ借りたのか」俺の借りた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を受け取るなり顔をしかめる。
 「うっせえな、他に面白い映画ねえんだよ」
 「面白いもんないなら借りるなよ。というか面白い映画は腐る程あるぞ」
 「まあ、わかんだけどさ。去年の年末に未来人来たじゃん? 俺もいよいよタイムトラベルできるのかって思ったらタイムトラベルもの見たくなった」
 「まあなあ。ここ数ヶ月はテレビ見ても、合コン行っても、家族と会ってもタイムマシンあったらいつ戻るって話になるし」バーコードリーダーで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のバーコードを読み取り、返却処理を完了させる。
 「タイムマシンあったらどうなると思う?」梶本がサボりモードに入っているので、遠慮なく時間つぶしに付き合わせる。
 「色んな人と話してわかったことなんだけど、ブサメンは可愛い人と付き合えなくなりそうだわな。同時代のイケメンだけじゃなくて、あらゆる時代のイケメンと比べられんだぜ? 俺たちはどうやって勝負していけばいいんだよ」梶本は大げさに頭を抱える。
 「勝手に同類にすんなよ。けれど、それは解決法あるだろ」
 「何々?」
 「運命的な出会いをすりゃいいんだよ。顔の美醜で勝負するんじゃなくて、その子に運命だって思わせればいい」
 「聞いて損した。そんなことできるんなら、タイムマシンのない今も簡単に彼女できるわ。お待ちのお客様、こちらのレジどうぞ」
 俺との話に飽きたのか、梶本はレジ対応の後、ブルーレイやらDVDを棚に戻す作業をし始めた。声をかけても、集中できんわ、と突き返され、店を出ざるを得なくなった。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズは百回以上借りている。もはや買った方がいいんじゃないかと梶本からも言われる。でも、俺は借り続ける。梶本にも言っていないが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を初めて借りた時、俺は同年代の女の子に声をかけられた。
 「私もそれ好きなんだ、見たら感想聞かせてよ」 
 小学生の俺は声をかけられて、びくりとする。VHSの入ったプラスチックケースを握る手にどっと汗が出る。その女の子は早口でやや声がうわずっていた。誰かのお下がりなのか毛玉の多いセーターにサイズの合っていない色の褪せたデニムパンツ。
 「別にいいけど」
 「じゃあ、来週の土曜日ね!」
 そう告げて、女の子は走って店を出て行こうとした。
 「ちょっと待てよ、土曜の何時だよ、場所もわかんねえし。つか名前は?」
 「私は村崎花子。小学校も学年も同じ。覚えといてよ。クラスは同じになったことないけど。そしたらー (何故か店の時計を見て)、朝の十時この店で! 早く帰って宿題やんないと金曜ロードショー間に合わないから、帰るね! バイバイ!」
 思考が追いつかず、俺は来週の土曜に会うことを断れなかった。モヤモヤしたまま、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を店で借りて家に帰る。
姉が部活で帰るのが遅いから姉の部屋で早速観る。そして興奮してその日は眠れない。はやくこの映画の面白さを村崎とかいう女と話したい。七泊八日で借りたが、毎日VHSのテープが擦り切れるほど見た。
 約束の土曜日。レンタルショップで集合した後、ジャスコに移動し、フードコートで話すことになる。村崎に負けないくらいのテンションで俺は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のことを語りまくる。村崎もその熱量に対抗してか、色んな豆知識を披露する。あっという間に日は暮れる。
 「もうこんな時間?」
 「また会えばいいだろ。俺も次会うときまでにPart3まで見とくから」
 「うーん、そだね。また来週の土曜同じ時間で」
 それからというもの、毎週土曜日はレンタルショップに集合して、新作の映画を眺めてあーだこーだ言った後、ジャスコのフードコートでひたすら話し込んでいた。出会いはとても唐突だったが、村崎とは映画好きという共通項のおかげで一気に仲良くなった。仲良くなってから気づいたが、村崎は人見知りな性格で、あまり自分から話しかけることは少ない。でも、自分の好きな映画を借りようとする同じ学校の男の子を見つけて、思わず声をかけてしまったらしい。色んな映画の話、学校の話、家族の話、テレビドラマ、漫画、アニメ、……。色んなことを話しているうちに俺は次第に村崎のことを異性として意識するようになる。今までは気にしていなかったが、村崎のまつ毛の長さにどきりとする。早口で話す彼女をからかいたくなる。バレンタインに義理チョコとしてもらったチロルチョコは食べずに引き出しに閉まった。カレンダーにこっそり村崎の誕生日に丸を書いたりなんかする。六月十一日。どんなプレゼントをしようかなんてことを考えているとき、村崎は手紙を残して、急にいなくなる。親の都合でどっかに引っ越したらしい。学校でお別れ会すら開かれないほど急な出来事だった。手紙には「またジャスコで映画の話でもしようね」とだけ書かれていた。村崎がいなくなってからも俺は無意識にレンタルショップへ行ってしまう。村崎のことを思い出して少し息苦しくなるが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をついつい借りてしまう。

 大人になった今でもふと思い出して、facebookで検索をかけたりなんかするが、ヒットしない。村崎は人見知りだからfacebookも実名ではやっていないのかもしれない。タイムマシンができたとして、過去に戻って村崎に会いたいと思うんだろうか。過去の村崎にも会いたいが、急に会えなくなった日々に起きた出来事なんかの話をしたい。けど、きっと会えたならこういう会話をするんだろう。
 「久しぶり」
 「久しぶり」
 「最近、何の映画観た?」
 「見すぎてどれから話せばいいかわかんない」
 「時間ならいくらでもあるから、ゆっくり話そうぜ」
 「タイムマシンもそのうちできるしね。無限に映画観れるよ」
 「だなあ。タイムマシン買うならデロリアン型のタイムマシンがいいなあ」
 「わかる! 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』また観たくなってきちゃった」
 「じゃあ、うちで観る?」
 「え? 時田くんち行っていいの? 部屋めっちゃ汚そうじゃん」
 「めっちゃ綺麗にしてるからね。ベランダで花育ててるし」
 「うそ! 意外! いやー、これは女でもできたなあ?」
 「さあ、どうだかね」
 「あっ、嘘だね」
 「嘘でも何でもいいじゃん。綺麗だったら」
 「それもそっか」

 家に帰り、夕飯を作る。ベランダの方をぼんやり眺める。ベランダで育てている花の名はアガパンサスという。無償の愛を意味するアガペーと花を意味するアンサスをもじって名付けられたらしい。ロマンチックすぎるだろ、と独りごちていたら、インターホンが鳴る。「ちょっと待ってくださいねー」と玄関へ向かう。夏が近づいているからか、手の汗がやけに気になる。