on the road

カルチャーに関する話。

振り返り2023(好きなもの25個)

あのとき一瞬だけ抱いた思いを

400字原稿用紙に書き上げたとしても

伝えたいことなんて何一つ書けずに

それでも先生は花丸をつけてくれた

MONO NO AWARE「言葉がなかったら」

 

イタリアの使い古された諺"Traduttore, traditore"は、翻訳者は裏切り者という意味だが、そもそも自分の感じたものすら100%の情報量で伝えることができない。chatGPTから聞き出したいことをうまく伝えることすらままならない。でも、こぼれ落ちてしまうものがあったとしても何か伝わるんじゃないか、という無邪気さをいまだに腹に抱えて30歳に突入してしまった。

***

悩みというのは真正面からはなかなか解決しないんじゃないか、ということを考える。悩みを打ち明けると、ありがたいことにそれに関するアドバイスをたくさん投げかけてくれる。論理の面では納得できるはずなのに、心理的ハードルを越えられるだけの何かが足りない気がしてしまう。

 

『氷の城壁』の99話「バグ」で、ミナトが自己嫌悪に陥り、人との関わり方がわからなくなってしまう。

 

一人でいる人を放っておけなかったのはただ

「自分がなりたくないから」で

俺は孤独を救うふりして

人の心が開かれる度に何かを許された気になって

依存されることで自分の存在意義を感じて

だんだん「目的」がすり替わっていって

ただ自分が達成感を得るために……

人の心を開くことで自分の存在を肯定してた。

ずっとろくに向き合えてなかった言葉だけを聞いて本質からは目を背けてた。

自分がどういう人間かに気づき始めてから今までの自分のあらゆる行動が恥ずかしい。

全部無意味に思えてみじめだ。

 

学校の帰り道、そんな状態のミナトにこゆんが近づく。こゆんはミナトの心の内を知らない。でも、元気がないミナトのことを心配に思って、話しかける機会を伺っていたのだ。一日早い誕生日プレゼントをミナトに手渡す。その不意の思いやりにミナトの感情が揺さぶられて、泣き出してしまう。こゆんは慌てふためくけど、近くにいた同級生に見つからないようにミナトの手を取り、走り出すこゆんとミナトに差す光が暗闇から抜け出した感があって最高だった。

 

f:id:aoccoon:20231230132427j:image

 

こゆんはミナトの悩みを全て知っているわけでも、それを直接的に解決したわけではないのに、ミナトは救われる。論理で解決する悩みもあるんだろうけれど、そういうものを軽やかに吹き飛ばしてしまう、事情を深く知らない人の善意に救われてしまうことが絶対ある。

***

今年良かったものを振り返ります。

Book

乗代雄介『本物の読書家』

年始に読んだ本。古今東西の文学作品からの過剰な引用、それぞれの奥深さみたいなものに刺激されて、本を読みながら付箋を貼る習慣ができたように思う。でもその教養だけに惹かれているわけではない。フェティッシュさを感じさせる描写も好きなのである。

腕の付け根といいますか、肩のはしといいますか、なんともそこの美しい娘でした。わたしはその清純で優雅な円みに惹かれたのです。

f:id:aoccoon:20231230180515j:image

 

井戸川射子『ここはとても速い川』

児童養護施設の子どもが主人公で、子ども視点の話といっても、(大人が思う)子ども視点の話ではない。ちょっとした描写にも感性の鋭さで剥き出しの世界に出会っている感じがする。

肝試しは危険やから去年から夜の散歩になった。自然のこう、全部が黙っていない感じを受けながら歩く。

まだ食べてる途中で、両手で小さくなった焼きおにぎりを持つ影はお祈りの形なんやった。

ほんとに良い文章の連続で、何回でも読み返す。

f:id:aoccoon:20231230180619j:image

 

年森瑛『N/A』

かけがえのない関係性を求める主人公は、ラベリングされてコミュニケーションされることを嫌う。かけがえのない関係になれると思って同性の子と付き合うようになったことが友達にバレる。友達が話す言葉が全然友達の言葉ではないことの違和感。

専門家や当事者が教えてくれた正しい接し方のマニュアルをインストールして、OSのアップデートをしたのにもかかわらず、情報の処理が追い付かない翼沙のハードウェアは熱暴走を起こしていた。押し付けない、詮索しない、寄り添う、尊重する、そういう決まり事が翼沙を操縦していて、生身の翼沙はどこにもいなかった。翼沙から出た言葉は何一つ無く、全てを置き去りにして、マニュアルを順守するプログラムだけが動いていた。

多様性を大事にしようという気持ちで自分とは違う属性だとわかった瞬間、いつもと同じ接し方ができなくなる。でも、主人公も同じような思考回路を後に辿る。

自分の言葉で人の心を揺らしてしまうのが怖くて、自分の言葉の責任を担保してくれる何かが欲しくて、他人のお墨付きの言葉を借りたくて仕方がなかった。多くの人に使われてきた言葉を使用すれば、まどかがオジロとの今後の関係を安全に保っていられるは間違いなかった。

誰かに対する配慮の安直さが実は相手の人間性を蔑ろにしてしまうことだってある。そういうセンシティブさをキャッチーな比喩を多用して、なんてことないように描いていて、えぐい才能だと思った。

f:id:aoccoon:20231230180644j:image

 

キム・チョヨプ『この世界からは出ていくけれど』

世界の認識の仕方の異なる生物(あるいは機械)間のコミュニケーションのあり方を描いた短編集。姿かたち、言葉が違っていても、分かり合えるだろうという楽観的立場で描かれた話ではない。分かり合えない中でも、もしかしたら分かり合えるかもしれないという一筋の光を見出した瞬間を描き出してくれる、この慈愛に溢れた小説を愛さないわけにはいかない。韓国でどのような受容のされ方をしているのか知らないが、確実に若者をエンパワメントしてくれる小説だと思う。

f:id:aoccoon:20231230180704j:image

 

キム・ボヨン『どれほど似ているか』

同じく韓国のSF作家。最初の短編「ママには超能力がある」は10頁もないのだけれど、すっごい好き。一人ひとり独立した存在だけれど、気体のように少しずつ混ざり合っていくのだというのが、すっごいシンプルなのに優しさを兼ね備えて描かれる。キム・ボヨンもキム・チョヨプも現代社会に嫌気がさしている。それを批判するというよりは、新しい連帯の形をSFで探求している感じが好き。

f:id:aoccoon:20231230180732j:image

 

幅允孝『差し出し方の教室』

幅允孝のインタビュー力、企画力にただただ感心する。今年読んだ本でおすすめありますか、と言われたら結構な確率でこの本を薦めてしまうほど、読みやすさもあるし、知的好奇心を刺激する仕掛けがたくさんある。本を作ってみたい、という気持ちに少なからずなってしまう。

本来「本をつくる」ということは少人数で一気に盛り上がった熱量をそのままに、熱いうちに読み手に届けることだったんだなと再確認しました。

f:id:aoccoon:20231230180806p:image

 

松村圭一郎/中川理/石川美保『文化人類学の思考法』

文化人類学の主要なトピックにひととおり触れているから、僕みたいな初学者にはありがたい本だった。読み終えた後も頭に残り続けた箇所がある。2020年代の重要なキーワードであるケアという言葉も登場してくる。医療機関から排除され、家族や地域社会からも差別されてしまったタイでのエイズを発症した患者による自助グループの話も面白かった。ケアする者とされる者の二元的なケアとは違うケアのあり方。

f:id:aoccoon:20231230180830p:image

 

齋藤美保『キリンの保育園ータンザニアでみつめた彼らの仔育て』

実は野生のキリンの研究は全然進んでいないらしい。フィールドワークを通して、徐々にキリンの生態を学んでいくわけだが、そのフィールドワークでの生活描写も面白い。現地のレンジャーが言う「象牙を狙った密猟者は車を使うから、ゾウは車にトラウマがあってエンジン音に敏感なんだ」という話なんか、日本にいたら出会えないエピソードだ(本当か嘘かはわからないけど)。この新・動物記シリーズは装丁も可愛いので、徐々に買い揃えていきたい。

f:id:aoccoon:20231230181021j:image

 

Movie

井上雄彦『THE FIRST SLAM DUNK

年始に観た映画。最高に熱い山王戦。小中高時代に繰り返し読んでいた漫画であるから、アレンジのないそのままの映画化でも賞賛してしまっていただろうが、1996年に完結した漫画を2020年代にリメイクすることへの問い直しがされているのが井上雄彦の矜持を感じさせてグッときた。

 

原恵一かがみの孤城

脚本の完成度が高いわけではけしてない。でも、今まさに生きづらさを感じているティーンエイジャーに救いの手を差し伸べる人はきっといるよ、という直球のメッセージにほんとに心打たれてしまった。こういう物語をエンタメ作家の最前線にいる辻村深月が書いてくれることの嬉しさ。

 

スティーブン・スピルバーグ『フェイブルマンズ』

スピルバーグの自伝的映画。撮ることの暴力性、それでも映画を撮ることに取り憑かれた男という物語にえらく感動した。ラスト、ジョン・フォードからなげかけられる言葉とラストショットが最高。90分くらいの映画だったらもっと好きになったかもしれない。

 

ベン・アフレックAIR

ナイキのエア・ジョーダンがどう誕生したか。当時、ナイキはバスケットシューズ部門で3位の地位に甘んじていて、実力のあるバスケ選手とスポンサー契約を結んで宣伝するにも予算が他の会社よりもない。そんな中で、マイケル・ジョーダンをどうスカウトしたか、それが劇中で語られていく。ジョーダンは当初、アディダスと契約すると言っていたところからどう逆転するか、これはもうアツい物語になること確定。プレゼンシーンで、ジョーダンに語りかけるシーンが最高。アディダスコンバースのプレゼンは、今までこういう偉大な選手が契約していて、あなたもその一員になれるんですよ、だったり、契約金を積むことでアピールするのだが、そのプレゼンでは、マイケル・ジョーダンじゃなきゃいけない必然性はない。ナイキはジョーダンのためにではなく、人々のためにこのシューズを履いてほしいと語りかける。スターであるが故に訪れる困難をジョーダンが乗り越える度、人々を勇気づけるはずで、その象徴として、このエア・ジョーダンを履いてほしいのだ、というこの語りかけはジョーダンでなければいけない必然性があって、もう激アツ。

 

立川譲名探偵コナン 黒鉄の魚影』

今年、公開された立川譲監督作品は他に『BLUE GIANT』があって、もうアニメにおける立川譲の地位が間違いなく確立したのではないでしょうか。原作を長年読んでいる身として、灰原哀の成長を確実に感じさせるとともに、灰原哀の中でコナン君がどれだけ大きな存在だったかフラッシュバックする演出がとっても好きだった。まだ配信開始してないっぽいので、はやく配信開始してほしい。

 

是枝裕和『怪物』

わかりやすい悪役はいない。同じ印象で登場人物を見つめることもできない。子ども視点で物語が語り直された時、自分の先入観を恥じながらも麦野湊と星川依里の二人の行く末を案じたくなる。ラストの光に溢れたショットで締めくくられた時の余韻も心地よい。

 

フィル・ロードクリストファー・ミラースパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

今年公開されたマルチバース映画でいちばん好きなのは、エブエブではなく、こっち。それは僕のスパイダーマンへの偏愛が大いに影響している。多種多様なスパイダーマンの辿ってきた悲劇、このスパイダーマンのお決まりの展開をマイルスがどう乗り越えるのかめちゃくちゃ気になる。グウェンが冒頭で組んでたバンドを解散したのに、ラスト、マイルスを救うために別世界線スパイダーマンをとチームを組んでるのも激アツ。三部作、どのように締めくくるのか、これは今後のマルチバースの物語のマイルストーンになりうるから要チェック!

 

Drama

橋爪駿輝『モアザンワーズ

LGBT物だからと食わず嫌いするのは勿体なさすぎるドラマ。長回しが多くて、テンポがゆったりだから、年末年始でゆっくり見るのが良いです。悪い人はいないのに、3人が離れていってしまうのはとても悲しいし、槙雄が8話のラストで言う苦手な物が悲しすぎる。その後にかかるくるりの曲がそのショックを優しく撫でてくれる。10話の喫茶店のシーンは何回見ても良い。

f:id:aoccoon:20231230181048j:image

 

Comic

阿賀沢紅茶『氷の城壁』

ジャンプ+で『正反対な君と僕』を連載している阿賀沢紅茶のデビュー作。人とどう向き合うか、みたいなところにも力点が置かれていたり、一見明るくて一軍に属する人の苦悩みたいなところもちゃんと描くのが現代の恋愛漫画だなと思う。今年読んでよかった漫画ランキング1位です。

f:id:aoccoon:20231230181114j:image

藤子不二雄(A)『まんが道

THE SIGN PODCASTで少し『まんが道』について触れられていたから、全巻購入して読んでいる。満賀の捻くれた性格もなんだか憎めないのは、才野の言動ですぐに改めてくれるからだろうか。手塚治虫が睡眠時間がめっちゃ短かったのは知っていたけど、この時代の漫画家はほぼ同じ傾向にあることをはじめて知った。絶対寝た方が良いのに、映画を観に行ったり、生命を削ってる様に憧れを若干覚えた。後、出前のラーメンがめっちゃ美味しそう。

f:id:aoccoon:20231230181136j:image

芝塚裕吏/キムラダイスケマージナル・オペレーション

マガポケで知って、全巻読んだ。戦争がなくなれば良いのにという思いを漠然と抱いていたんだけれども、戦争がなくなっても別の困難が待ち受けている人たちがいることを知った。それだけでこの漫画を読んだ価値があると思う。単純にアラタの慧眼が爽快でもある。

f:id:aoccoon:20231230181201j:image

 

Music

MONO NO AWARE「風の向きが変わって」

今年はMONO NO AWAREを聴き込んだ1年だったので、今年の新曲はめちゃ聴き込んでいた。これを聞いてるとやるっきゃねえ!って思う。今年久しぶりにLIVEにも行ったんだけれど、コロナ前より明らかに観客が沸いていた。リスナーの心をちゃんと掴み続けてきたんだと部外者であるはずの僕も嬉しくなる。

 

NewJeans「ETA

こっそりNewJeansにハマっていた。K-POPをあんまり聞いてこなかったのは、セクシーすぎるからなんだけど、NewJeansはもう少しフラットに聞けるから好き。紅白歌合戦に急遽出演が決まったらしく、俄然紅白歌合戦を見たくなった。

 

Summer Eye「失敗 - new mix」

シャムキャッツが解散して結構悲しかったんだけど、こうやってまた音楽を作ってくれて嬉しい。しかも、少し前にやっていたLIVEがめちゃくちゃ盛り上がったらしく、行けばよかったと後悔してる。

 

君島大空「16:28」

繊細な歌声と歌詞。令和ロマンと並んでなぜか君付けしたくなるランキング上位。今年知って良かったアーティストランキング1位。

 

BialyStocks「Upon You」

Spotifyのプレイリストで知った曲。めちゃくちゃ良質なJ-POP。

 

Homecomings「US/アス」

今年出したアルバムで今まで以上にロックな感じが出ている一方で、優しさを歌うのは変わらない。私と君という関係ではなく、私たちという連帯。僕がこの曲に感じることは韓国SFの潮流でもある新しい連帯のあり方だったり、『かがみの孤城』で差し伸べられた救いの手のこと。もう長年応援しているアーティストだけれど、LIVEのクオリティもどんどん高くなっているし、これからも応援し続けたい。