on the road

カルチャーに関する話。

ドリームキャッチャー

柴崎友香の作品をそうたくさん読んでいるわけではないけれど、『パノララ』は僕の一番好きな作品で、これからも何回も繰り返して読むことになる作品なのだと思う。

 

『パノララ』を書店で立ち読みをしていて、これは買わなきゃ!ってなって衝動買いをしてしまって、どこがそんなにぼくを惹きつけると言ったら、この文だった気がする。

 

この年になるまでたいした病気もせず大きな犯罪の被害者にも加害者にもなることなく学校を卒業して仕事もあって日々それなりの楽しみを持って暮らすことができるだけでもありがたいのに困っているときに人が助けてくれるなんてあまりにもうまくできすぎているのは前世の自分がよっぽどよい行いをしたとしか考えられない、あ、わたしはべつに前世なんてまったく信じていないんだけれど、というようなことをわたしが言うと、イチローは、

「ああ、おれもそういうこと思うときあるよ。前の人が蜘蛛か蟻でも助けてくれたのかなって」

と言った。

 

あるいはこんな一文。

 

黒灰色の道路に放置されたドリームキャッチャーに、手が伸びてくる。その手が拾いあげる。そのままポケットにつっこむ。

それを見ている人はいるだろうか。落ちる瞬間をわたしが見たように。わたしのほかにも誰か、その瞬間を、知った人はいるだろうか。

 

これらの文章の良さは、考えが遠くに行ってしまうから。現実を生きているはずなのに、思考はどこか遠くへ行ってしまって、いつもより見えているものが異なってきてしまう。そして、時おりゆがんでしまう。まあ、何よりイチローの家の描写も完璧だし、登場人物の個性もしっかり際立っていて読み応えたっぷりでみんなに読んでほしいなとか思ったりする。

 

『パノララ』のテーマは家族や人間関係らしい(柴崎友香本人がtwitterやインタビューで言っている)。

思えば、家族とか人間関係みたいなものを中学生くらいからずっと考えてきたような気がする。家族同士のコミュニケーションが希薄で、いまいち家族として機能してない我が家のこととか、いろいろ。

で、去年の5月から6月にかけての出来事で、そんなに簡単に人を信用しちゃいけないんだなと言うのと、みんな思ったより助けてはくれないのだなと言うことを学んで、すごいショックを受けた。言いたいことばっか言ってさ、ほんとずるい。

 

じゃあ、どう立ち直ったのか、っていえば山猫とのかかわり方を変えただけだ。幸いなことに山猫以外にも居場所があったから、そこに逃げ込んで、トラウマにふたをして、あまりサークル員に仕事を頼まないで自分でやる、もしくは幹部にやってもらったりしていた。その時期は、星野源の歌を聴いたりしてた。星野源だってあんなにつらいことがあったのに、すっごい明るい歌を歌うんだよ? その姿勢は素直にトラウマから立ち直るきっかけにはなったと思う。

 

けれど、就活を始めるときには、まだトラウマをひきずっていたらしく、ワークライフバランスみたいなものより、単純に金持ちになれればいいと思った。

人は簡単に手のひらを返すってことを思い知ったから、仕事だけしっかりやってればいいみたいな環境に身を置きたかった。だから、コンサルとかそういうところに憧れて、序盤はコンサル志望だった。

 

塾長に言われたことがきっかけで、考えを少し改めたわけではあるが。

社会に出ても、やる気のないやつはいるし、問題児もいるし、サークルの運営と社会人での人間関係はそんなに大差ない。とか、自分で全部仕事をやってたら、えらくなった時に人を動かせないから、人を動かすこととか、どう下の人間を育てるのかとかを考えなきゃいけない。とか。

塾長は口だけのときもあるし、的を射ない言葉で怒られることもあるけれど、人間関係というものにすごい気を使わなきゃいけないって前みたいな気持ちに戻ることが出来たのですごい感謝してる。

 

そんな一連の流れをたぶん、『パノララ』を読んでいたら思いだすんだろうか。

 

今僕は、ドリームキャッチャーを拾う人のことを、その心遣いをちゃんと見ていたいと思う。