on the road

カルチャーに関する話。

報せ、悼み

駅からの帰り道、会社の後輩と帰っていると、母から電話がかかってくる。ちょうど別れ際だったから、後輩に別れを告げた後、電話に出ると、ペットのお墓を買って、週明けの月曜日にお墓に入れるとのことだった。

 

実家で飼っていた犬は去年の秋に亡くなってしまい、火葬してからは骨壺を家にお供えしていた。もう一年が経っていつまでもそうしているわけにもいかないだろうし、とのことで実家から車で15分くらいのところにある霊園にお墓を買ったらしい。

 

月曜日は仕事で立ち会えないから、お墓に入れる前に実家へ帰る。骨壺の隣に生前元気だった頃の写真を飾っている。スマホに保存した動画を見返すと、足音が聞こえてくるようで今でも生きているんではないかと感じてしまうことがある。最後の方は歩けなくなって、夜鳴きもするし、目も見えなくなっていて、あの頃を思い出すと、あまりにもかわいそうで心が痛む。せめて今は安らかに眠っていてほしい。

 

母に霊園の場所を教えてもらい、下見に行く。霊園は比較的新しく、ここ10年くらいでできたのではないだろうか。少し遠いけれど、静かで緑も多くて良い場所だった。他のペットのお墓を眺めていると、「ありがとう」という墓碑を刻んでいるお墓が多かった。

 

ペットの死は家族や友人、知人の死とは違う重みがある。言語による意思疎通はできないけれど、きっとそこには信頼関係が確実に生まれていたんだろうし、いなくなったときに生まれる感情はいろいろあったはずでそれでも最後に残したかった言葉がありがとうなのは胸にせまるものがある。少しずつ記憶が薄れてしまうんだろうけれど、こうやって死を悼む時間、空間があるのは、ありがたい。子どもの頃はお墓参りの意味がよくわからなかったが、こうして身近な存在が死を迎えると、お墓参りをしたくなる気持ちが多少理解できた気がする。

 

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