on the road

カルチャーに関する話。

次の壁


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記憶力がない方なので、こうやってブログを書いて年末に読み返さないとその時々で考えたこと、面白いと思ったことを忘れてしまう。今年はあまりブログを更新していないこともあり、すでに色々忘れかけている。今年は何をしたのだろう。

 

去年も今年も1月はやたらに忙しかった。去年は、固定資産の管理システムを新規導入して、その運用開始が間近に迫って、他部署からプレッシャーをかけられまくったのを覚えている。担当者が自分しかいなくて納期ギリギリになってしまったのは、上司のマネジメント力不足と他責にしてみる。今年は年始にコロナの感染が拡大して、従業員やその家族が濃厚接触者になりました、という報告をずっと受け続け、あなたは休んでくださいとか、いついつからの行動履歴を教えてくださいとか、そういう指示をし続けていた。1日の仕事の内、90%はコロナ対応をしていて、こんなに飲み会に行かないでください、とか、不要不急の外出は控えてくださいって言ってるのに飲み会しちゃうんだ、という怒りを覚えながらもその感情を相手にぶつけないように努めていた。こういう時に怒りをぶつけてしまうのは、コロナいじめを助長してしまうし、全然今後の対策につながらないからだ。

 

とは言うものの、ストレス発散の場もほとんどないから、そういう吐き出せない怒りは徐々に積もっていく。正直に言ってしまえば、SNSで友達が飲みに行っていたり、ご飯を食べに行ったりしていることを見るのにすらほんの少しのストレスを感じてしまっていた。だから、一時期は情報を遮断しまくっていた。

 

 

社会人になってからの数年、他人の靴を履いて物事を考えるということを考えてきたつもりだ。その過程で、無意識に発したこの言葉は相手を傷つけてしまうものだったのか、と自分の加害性を自覚することもあった。そういうことを繰り返していくと、他人の無自覚な振る舞いが許せなくなるのかもしれない。人権意識が進んでいくときにぶつかる次の壁は、これだと思う。

 

この壁をどう乗り越えればいいのか。わからないけれど、「シン・エヴァ」の主題歌 宇多田ヒカル「One Last Kiss」の一節が頭を掠める。


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誰かを求めることはすなわち傷つくことだった

 

直接的にはつながっていないけれど、根っこの部分ではつながっているような気がしている。星野源が紅白で歌った「うちで踊ろう」の一節も思い出す。

 

生きて踊ろう 僕らずっと独りだと 諦め進もう

 


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自分に余裕がなければ、距離を取るべきなんだと思う。皆さん病む前に情報を遮断して暮らしていきましょう。

 

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今年はドラマをたくさん見たいなと正月に思った。日本の少年漫画もそういう節はあると思うけれど、日本のドラマは、1話を放送している時点では最終話の脚本が完成していないことがある。視聴者の反応を見て、ストーリーラインを変えることがあるらしい。大学の頃は、完璧に設計された作品に惹かれたけれど、生き物みたいに作品が変わり続けていくというのは面白い。複数の人の手が入ってもっと面白いものが作られていく、というのは全然クリエイティブな仕事をしていない僕でも社会人生活を送っていて素朴に真実だと感じる。

 

話が逸れていくけれど、小説はもっと複数人の手が入っていいんじゃないかと思う。作者と編集者だけでなく、セリフを監修する人、情景描写を担当する人とかね。

 

「花束みたいな恋をした」を見て、坂元裕二作品をもっと知ろうと思い、「Mother」と「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」を見た。当時見ていなかったのが悔やまれる。「Mother」芦田愛菜が当時6歳くらいなんだけれど、1話目でちゃんと演技している!とびっくりした。第10話のラストの電話のシーンが最高です。「いつ恋」はものすごい好きで、「最高の離婚」と同じくらい好きだ。高良健吾の良い人感と、高良健吾を引っ越し屋さんとよぶ有村架純のキュートさでもう十分すぎるんだけれど、貧しいながらも懸命に生きて、優しさを振りまくのが愛おしくて愛おしくてたまりません。ちなみに4/13から再放送をします。ぜひ見てください。

 

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今年はあまり映画を見に行けてなくて、「花束みたいな恋をした」の他には、「シン・エヴァ」、「まともじゃないのは君も一緒」の2作品を見たくらいだ。

 


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エヴァは今までちゃんと触れてきたことがなかった。漫画で途中まで読んだことがあるくらいだった。「シン・エヴァ」の評判がよかったので、それならちゃんとエヴァを見てみようじゃないかということで、TVシリーズから旧劇場版、新劇場版を見た。TVシリーズの演出の凝り具合に驚いた。絵柄は90年台だけれど、構図や演出は今でも全然通用するレベルだと思う。漫画を多少読んでいたとはいえ、ほぼ初見だったので、内容はほとんど理解できなかった。長い年月をかけて、解釈していくべきアニメだと思った。旧劇場版「Airまごころを君に」、いわゆる夏エヴァの後味の悪さたるやものすごい。確かにこれは伝説的アニメ作品になるわ、と感心すると同時に中学生とか高校生の頃に見ていなくて良かったと思った。これを見ていたら影響を受け過ぎてしまっただろう。

 

「シン・エヴァ」はストーリーに集中しまくっていたから、演出とか構図とかをあまり意識しなかった。プロフェッショナルを見た後で、それはもったいなかったとちょっと後悔する。カメラの動かし方とかにものすごいこだわっていて、そういう部分にもっと注目すべきだった。それでも、第三村のいくつかのシーンの構図は何これ、見たことないと感じた。とにかくちゃんとエヴァが終わったんだ、というのがエヴァ歴3週間くらいの僕でも感動を覚えたので、昔からエヴァを追っている人はもっと感動したのだろう。

 

「まともじゃないのは君も一緒」は、成田凌と清原伽耶という好きな俳優が出ているのと、Enjoy Music Clubの松本さんが勧めていたから見に行った。予備校講師と生徒の恋愛に関する映画なんだけれど、この映画は立ち位置にこだわっている。最初机を隔てて、成田凌と清原伽耶は相対するのだけれど、そのうち成田凌と清原伽耶は並んで歩くようになる。並んで歩いて話をしているうちに清原伽耶成田凌のことを意識するようになっていく過程が面白い。途中のエピソードで同級生がなんで付き合うようになったかのエピソードからも窺える。成田凌が清原伽耶の両肩を掴んで、君しかいないんだ、とお願い事をするシーンで清原伽耶の目の演技に注目してほしい。動揺を表現するとき、声をうわずらせたり、挙動不審に振る舞うというのがありきたりだし、演技がかりすぎてつまらないんだけれど、清原伽耶はそれを目の演技だけで表現しているので、注目するべし。とにかくこの映画は並んで歩きながらなんてことない話をしているのがとても愛おしい。コロナ禍だからこそ、余計になんてことない日常が愛おしく思えるのかもしれない。

 

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テレ東の深夜ドラマ「生きるとか死ぬとか父親とか」見ましたか?まだ途中までしか見ていないんだけれど、冒頭のラジオのシーン、グッときましたね。演出の方法も良かったね。カット割をこまめにしてラジオブースとリスナーを交互に見せて、ラジオならではのつながりを表現しつつ、カット割が細かくて相談内容が頭に入ってきづらいのをちゃんと字幕でカヴァーしているところも好感。ラジオリスナーって大抵何か作業しながら1人で聞いているんだけれど、パーソナリティを通じて、独りじゃないんだと気づいて、それが救いになったりするんだよなあ、なんて思う。1話の監督が山戸結希なんだけれど、まあまあの山戸監督節で笑ってしまった。

 

4月から「空気階段の踊り場」が月曜に移動して30分枠から1時間枠に拡大した。「空気階段の踊り場」の良さっていくつもあるけれど、リスナーとの電話がものすごい面白い。今まで深夜ラジオをいくつか聞いてきたけれど、リスナーをいじって、スベってる様を裏笑いする、というのが多い。空気階段の場合は、一緒に楽しんでいる感があって、聞いていて楽しい。TBSラジオクラウドで無料でほとんど全部のエピソードが聞けるので、ぜひ聞いてほしい。

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そういえば言い忘れていましたが、昇格しました。お給料がどんだけ上がるのかよくわかっていませんが。コロナ明けたら飲み会に行きたいし、サウナ旅したいです。