on the road

カルチャーに関する話。

蟹、日プ

北野武監督最新作『首』の冒頭、川岸に首なしの死体が流れ着いているシーンから始まる。その死体の胸部に沢蟹が歩いているし、切断された首からわらわらと沢蟹が出てくる。最近読み進めている大江健三郎の『同時代ゲーム』で、瘴気を帯びた谷間の沼地が50日間の雨で浄化されたことで沢蟹が湧き、茹でてはつぶして団子にしたという描写を見かけたばかりで、蟹は生と死の表象に近しいところで蠢いているのを不思議に思った。歴史の教科書でヘイケガニの名前の由来が載っていたのも印象的だった。日本書紀とか歴史書を読めば、もう少しそこら辺の結びつきを読み解けるのかもしれない。

 

歴史から学ぶことは多いはずなのに、記憶から抜け落ちてしまう。『首』を観ていて、本能寺の変の時代に活躍していた武将の名前や戦のことがすっかり覚えていないことを恥じる等した。高校の頃、勉強時間はそれなりに多かったはずだが、自分のOSにはインストールされておらず、外付HDDにデータを入れるような勉強法だったわけだ。授業中、黒板に書かれた言葉の連なりをきれいに書き写すことのみに力点を置いていて、教師の語りは右から左に流れてしまっていた。

 

集中すれば、誰かが語った言葉は頭に強く残ると思う。脳内に残るのはテキスト情報だけでなくて、きっとノンバーバルなものも含まれているから。少し前に「居残り佐平次」という落語の噺を聞いた。その枕で四宿というものについて語られていた。江戸から各街道への出入口にあたる宿場町のことを総称して、四宿と言うらしい。千住、板橋、新宿、品川が宿場町で、その宿場町には遊郭があり、その名残で今も風俗店があったりするのだ、ということを聞いて、江戸時代と現代が接続されて、東京という街の解像度が高まったような気持ちになる。

 

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最近、同時多発的にハマっている人の語りを聞いて、Produe 101 Japan THE GIRLS、通称日プ女子をLeminoというアプリで見始める。日プ女子はオーディション番組で、101人の候補生からグループとしてデビューする11人が選ばれるまでを追い掛ける番組。視聴者の投票で、選ばれるのだけれど、番組内でレッスンしてるときの自分の殻を破るために涙を流すシーンの多いこと!心が折れかけている瞬間に同じ組で練習している子たちが励まし合う様だったり、トレーナーの力強く鼓舞する言葉なんかに僕も強く励まされる。#3 から始まるグループバトルは、候補生が6人組ずつになって、一つの楽曲に対して2チームパフォーマンスして、優劣をつけるものなのだが、Part7で取り上げられたチームは1週間ある練習期間のほとんど、体調不良者が続出したせいで2人しか練習できていなかった。対決する相手は、序盤の投票結果で上位にランクインした手練れ揃いで圧倒的不利な中、たった2人で気迫あふれるパフォーマンスをレッスンで披露した瞬間、こういうものに心を打たれてしまうんだよなと涙腺が熱くなる。その後のダンストレーナーの中宗根梨乃の言葉も最高で、この番組で求めてしまうもののひとつにトレーナー陣の力強い言葉だということにも気付く。「乃木坂ってどこ?」の選抜発表の時、選抜発表された後のバナナマンの設楽の言葉を求めていたときも同じ。思うような結果が出せなかったり、自分に自信が持てない人たちに向けて、かけてあげたい言葉をダイレクトに届けてくれる。僕にはそういう励ましだったり鼓舞する言葉をうまく投げかけてあげることはできないから、そういう人たちはとても憧れを感じる。

 

 

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日プ女子を見ていて、順位発表で脱落者が出てしまうとこまで見たんだけど、正直脱落者の子たちがあまり印象に残っていない。でも、本当に落とされてしまうほどだったんだろうか。人気投票は本当に人気を反映しているのか、という話。ガラム理論というものを最近本で読んで知ったんだけど、多数決に参加する者には固定票タイプと浮動票タイプの2種類いて、浮動票タイプは周りの意見を聞いて、意見を変えるから、固定票タイプの意見を聞いて意見を変える、ということを繰り返していくと、やがて固定票の意見が多数派を占めてしまうという理論だ。そういう理論を通して見ると、投票という制度が必ずしも人気を正しく反映するものではない気がしてくる。

 

でも、この番組のバランスの取れているところはトレーナーたちのリアクションによって、実力者がちゃんとフックアップされて報われる。判官贔屓ではないと言い張りたいけど、Fランクだった人たちが腐らずに練習を重ね、順位を上げていく様を見ると、自分も頑張ろうという気持ちになってしまう。